2019年04月04日

UIについて-性能・前編


初めての方はこちらを「はじめに

UIについて-機能」のつづき

少し間が空いてしまいましたが、前回の「機能」に対して今回は「性能」について掘り下げます。かなり長くなってしまったので前編と後編に分かれます。

性能=簡単さ


ここで言う性能というのは「UIについて-概要」で述べた様にプログラム的なスピードの事ではなく「簡単さ」という事です。結局、簡単なUIならば短い時間で操作が終わるという事を意味しています。
それでは簡単さとは何かと考えると、主には次の二つの要素になるのではないかと思います。
まず一つ目は「分かりやすさ」です。
「分かりやすさ」と言うのは認識のしやすさだったり判断のしやすさみたいな事です。
もう一つは「楽さ」です。
これは単純に操作の量です。クリックする回数が少ないとか、マウスでの移動量が少ないとかの操作のボリュームの事です。

「楽さ」については良いか悪いかは単純に多いか少ないかなのであまり論じる点は無いので、ここでは主に「分かりやすさ」について論じてみたいと思います。

「分かりやすさ」というのは端的に言うと脳の負担の少なさなのではないかと考えています。脳の処理が少ないほど分かりやすいという訳です。そして脳の処理とは何かと考えると、プログラムとの対比で比喩的に表現すると、「アルゴリズム」と「メモリ」という二つの要素として捉えられるのではないかと思っています。そしてそれらの基本的な要素を一階部分として、それらが色々と組み合わさった総合的な項目が二階部分として存在しているのではないかと考えています。
まずは一階部分である基本的な要素から見て行きたいと思います。

アルゴリズム的要素


「アルゴリズム」という表現は、理解したり判断したりという「考える事」に対する比喩的な表現です。考える事が少なければ少ない程、脳の負担が少ないのではないかと思われます。
幾つか例を挙げて説明してみたいと思います。

全体の俯瞰

地図などでは良く見かけますが、局所的な表示以外に広域の全体的な地図も小さく表示されていたりします。なぜこの様な全体を俯瞰するものが必要なのかと言えば、それは部分を集めて全体を作り出すのはかなり頭を使うからと考える事が出来ます。比喩的に言えばそのアルゴリズムは複雑だからという事になります。
例えるならば東京、千葉、埼玉…と一都六県の地図をそれぞれ見れば全体として関東が分かるはずですが、頭の中でそれらのパーツを繋ぎ合わせて関東の地図を思い描くのは大変です。脳にそこの処理をやらせるのではなく、関東全体図を表示する事で図形認識だけにして負担を軽減していると考えられる訳です。勿論、実際に脳の中の処理がどうなっているのかは分かりませんが、部分から全体を再構成するのが大変なのは確かな事ではないでしょうか。

地図に限らずそのようなパターンは沢山見かけます。例えばサイトにおけるサイトマップとか、いわゆる「パンくず」なんかもそうみなせますし、ファイル一覧などでも左にディレクトリーのツリーが表示されていたりします。勿論これらがそのような効果の為だけに作られている訳では無いとは思いますが、そのような効果も含んでいるとみなせます。

視覚的な表現

文字で伝えるのではなく視覚的にするという一般的な分かりやすくする手法の事です。
これを「考える量」という視点で考えると、図形などの視覚的な認識に対して、文字の場合は途中で言語的な処理が必要になって、その分余計に頭を使うのではないかと考えられます。

実は日本語の場合は面白くて、脳の中でかなはアルファベット等と同じ言語的な部分で認識されますが、漢字は図形と同様の認識をされます。この為、脳に障害を負った場合にひらがなは読めないのに漢字は読めるという事が発生したりするそうです。記憶が正しければ、図形は見たらそのまま意味に直結するのに対して、文字の場合は見たものを一旦音(言葉)に変換してそこから言葉を認識する処理を通して意味に繋がっていたのだと思います。
ですからもしかしたら漢字圏の人間にとってはツールバーのアイコンにわざわざ図形をあてがわなくても漢字で大丈夫なのかもしれません。例えば「カット」と「ペースト」ならば「切」と「貼」みたいな感じで。勿論その他の言語圏では通じないので現実的ではありませんが。

しかし漢字とかなの関係から個人的には次の様な事が想起されます。「図形は覚える必要があるけれども覚えれば分かりやすく、文字は覚えなくてもいいけれども認識はより負担がかかる。」

位置の意味合い

図形と文字について言及しましたが、ここにもう一つ関係する要素として位置というものについても言及したいと思います。
位置というのは例えばメニュー内の一番目だとか二番目だとかの場所の事です。図形と文字の関係性と同列に扱う事はできないのだろうとは思いますが、認識する時に同時に関係する要素なのは確かな事だと思います。例を使って説明してみます。
例えばダイアログのOKボタンを考えた時にそれぞれの要素は以下の様になります。
 文字:ラベル
 図形:ボタンの見た目(形、色)
 位置:左右の位置
ここで仮に各要素を以下の様な仕様にしていたとします。
 文字:「OK」
 図形:青色
 位置:一番右
この時、初めてダイアログを操作した人がOKボタンを押したいと思ったならば、最初は「OK」という文字を頼りに探すはずです。しかし次からは文字を読まなくとも青色のボタンを素早く見つけられるはずです。更に慣れてくるとそれが何のボタンなのかを意識する事も無く一番右のボタンを反射的に押せるようになるはずです。
つまりこの「文字、図形、位置」という順番は慣れが必要になる順番であり、その代りにより頭を使わずに速く操作できる順番だと言えます。

OKボタンの例だと位置については少し分かりづらいかもしれませんが、プルダウンメニューなどではもはや見る事も無く一番目や二番目などの位置をカーソルキーで確定して操作したりする事はあるのではないでしょうか。
以前、営業から「事務で伝票処理を大量にしているお客さんはもはやテンキーを見ずに凄い速さで操作している」という話をされた事があります。そもそも私たち自身も多くの人はキーボードを見ずに操作しているのではないでしょうか。それと同じ事と言えます。

この様に位置についてはビジネス用途などで操作を頻繁に行うようなものではかなり意味を持つと思いますが、位置を頼りに操作できるのはキーボードによって固定的に操作できる場合のみです。マウスでは必ず見ながらでないと操作できませんから。
酷いソフトウェアになるとOKボタンとキャンセルボタンの位置関係(左右)がダイアログ毎に変わっていたりします。こうなるともう位置を頼りに操作はできません。

メモリ的要素


「メモリ」という表現は「覚える事」に対する比喩的な表現です。これは単純に覚える量を減らすべきだという話ですが、英単語を覚えるような話と違って、結構無意識に記憶域を使用しているような気がしています。
同じく幾つか例を挙げて説明してみたいと思います。

論理に従う

論理というのはルールという事です。
例えばもしウィンドウの最大化ボタンがウィンドウ毎に左にあったり右にあったりしたならば、各ウィンドウ毎にどっちにあるのかを覚えないといけません。しかし「常に右」というような一律のルールに従っているならば覚えるのは遥かに楽になります。
以前「仕様とはルール」で仕様がルールに則っていると検討する時に効率がいいという話をしましたが、実は使い手であるユーザーにとっても分かりやすいという事です。

この事は実は普段のコードの中でも良く見かけます。
例えば条件式でイメージ的に以下の様な感じで変数を値と比較するような記述をしていたとしたならば
if n=(1 or 3 or 5 or 7 or 9)
以下の様に論理にして記述した方が遥かに分かりやすくなります。
if n=奇数
勿論この例のような記述自体は実際にはしないとは思いますが「論理を記述しない」という例は沢山見かけます。それは主には論理(ここでは奇数の演算)を別途定義するのが面倒くさくて起きてしまうのですが、今回はUIについてなので詳細はまた別途記事を起こしたいと思います。

話を戻すと、この例から感じるのは論理の方が覚えるのが楽といっても、量だけによって差が発生している訳では無さそうだという事です。「1、3、5 …」という意味の無いただの値を覚える事と「奇数」という意味のある考え方を覚えるのでは質的に違うように思えます。例えばもし条件式が「n=6」だったとしたら「n=奇数」と同じ程度に覚えやすいかというとやはり違います。
そう考えるとそもそも「意味の無い事自体が分かりづらい」と言える気がします。なので、ここでは「値の羅列を論理に変えるべき」だと主張しましたが、より一般的に「無意味なものを意味のあるものに変えるべき」だと言える気がします。

数は三つまで

これは経験的、感覚的なものなのですが、どうも三つの事を認識するのと四つの事を認識するのとでは負担が随分違うように思えます。先程の図形と文字の様な差を感じます。三つまでだと感覚的に捉えられるのですが四つになると頭を働かせないと駄目なように感じます。
実際、世の中を見渡すと「三つ」が溢れている事に気が付きます。例えば
信号:赤、青、黄
大きさ:大、中、小
じゃんけん:グー、チョキ、パー
等々…

もしかしたら三つという数が理由では無く、三つまでなら意味付けしやすいという原理なのかもしれません。
例えば二つならば
+、-
〇、×
上、下
のように「反対」という意味付けが容易です。そして三つならば
〇、△、×
上、中、下
のように「反対+中間」という意味付けが容易です。
四つの場合は以下の様に平面に対応する表現は意味付けが容易ですが、それ以外があまり思い浮かびません。
東西南北
前後左右
もしこの考えが正しいならば、先程同様に記憶の負担を減らすには「意味のあるものにする」という原理に集約される事になります。

必ず三つにしなければならないという訳ではありませんが、三つか四つかで迷う余地があるならば三つにする事を検討する価値はあると思います。


次回は続きで後編になります。


シリーズ


1.UIについて-概要
2.UIについて-機能
3.UIについて-性能・前編
4.UIについて-性能・後編

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posted by 善 at 18:13 | Comment(0) | 仕様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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