2018年07月31日

なぜ教育が必要なのか


初めての方はこちらを「はじめに

ここで言う教育というのは広い意味での教育です。
例えば以下の様なものです。
    人事部による全社的な計画的なもの
    部門での新人配属などのイベントを契機としたもの
    自分の配下の者への指導
これ以外にもあらゆる場面で人を成長させる行いの事を指しています。
今回はなぜ教育をする必要があるのかを述べてみたいと思います。

教育する理由


個人的には教育する理由は二つあると考えています。

効率

理由の主なものはやはり効率です。結局ビジネスの中では多くの事が辿って行くと効率という理由に辿り着きます。
この場合の効率というのは有名な「魚を与えるのではなく釣り方を教えよ」という格言に似ています。つまり毎回毎回その都度指示を与えるのではなく、教育をして何をするべきかを自分で考えられるようにするという事です。こうすれば効率がいいという事ですね。
ですから正確にはどれだけ繰り返し行う事なのかという事によって教育の効果は変わります。もし人生で一度しかやらない事に関してだったら教育する事は意味が無いかもしれません。何回も繰り返す事ならそれだけ効果が高いという事です。もっとも仕事において人生で一度しかやらないなどという事はあまりないでしょうが...

そして部下を育てる直接的な動機はこのように効率が上がると、自分が楽になるからですね。

資産

資産と言っても勿論 人的資産という意味です。
一つには言うまでもなく組織にとって人的資産価値が高まりますから大きな意味があります。教育によって二軍選手のチームが一軍選手のチームになれば万々歳ですね。
もう一つ少し気づきにくいのが個人の成長に寄与する事のメリットです。簡単に言えばどんな人間でも自分が成長したと思えれば嬉しいものです。少しなりとも自信もつくでしょう。
そして自分自身をそのように成長させてくれた人や組織に良い感情を抱くものです。誰だって自分の知らない知識や経験を語ってくれる人には魅力を感じるものですが、そういう感情と似たものを持ってもらえたとしたら、かなりプラスに作用しているという事ではないでしょうか。

教育の効果


教育の効果について後輩の指導を例に説明してみたいと思います。
仮にあなたの能力が10だとします。
能力が10という意味は10のパワーが使えて10の仕事がこなせるという事だと考えてください。
この時、もし13の仕事が入ると少しオーバーです。
少しのオーバーですがもう一人投入せざるを得ません。
そこで能力が6の後輩を付けるとします。
二人の能力を合わせれば
10+6=16
となって13の仕事をこなせそうです。

さて、ここで考慮しなければならないのが指導に関してのパワーです。
仮にあなたが指導するパワーが3かかるとします。
そうするとあなたが実際に作業できるパワーは
10-3=7
7になります。
ところが、この時に後輩の方も指導を受ける事にパワーを同じだけ割かれていますから
6-3=3
3になってしまいます。
この結果トータルでは
7+3=10
なんと10の能力しかなくなってしまいました。
こうなると「自分でやった方が早い!」というグチが出てきて、実際に自分で頑張ってしまったりします。でもこの場合は「自分の教え方が悪い!」と叫んでいるのと同義ですが…

では、もし指導に1しかパワーがかからなかったらどうでしょう。
つまり両者それぞれ1を引いて
9+5=14
となって14の能力になるので、13の仕事なら無事達成です。

この様にどれだけ効率良く教育を行えるかでその効果は大きく差が出ると思われます。(ちなみに、指導が多い程 後輩の作業は失敗しているという事ですから、実際は3よりももっと能力が低下しているはずです)

どういった教育をするべきか


組織にとっては効率良く全員が質の高い教育を受けてもらうのが望ましい訳ですね。
この辺は国における教育と同じですね。あまねく全国民が質の良い教育が受けられれば国の発展に繋がる訳ですね。
ただし仕事の現場では指導等による現場での教育の割合は大きいですから、組織内のいかに多くの人が下の人に良い指導ができるかという点が重要ですね。

教える内容としては表面的な事よりも本質的な事が教えられれば当然より効果が高いです。
例えば極端な話「プログラミング言語とはなんぞや」という本質的な事が伝えられたなら、その後は個別の言語の事は教える必要はありませんね。もはやそういうレベルの事は自分で調べてどうにでもなります。ですから普段のレビューでもなんでも常に掘下げた本質的な議論で指導が出来れば効果が高い訳ですね。
反対にいわゆるマイクロマネジメントのような何も考えさせない、機械の様にただ指示に従って作業させるだけになってしまうと、教育効果という観点では ほとんど効果はありませんね。教育をしないという事は資産が貯まらないという事ですから勿体ない話です。

このようにより本質的で深い内容を伝えられれば効果が大きい訳ですが、一つ条件があります。それはある程度の期間にわたって教育を任せてもらえる事です。考え方や概念などは一度話すだけで真意まで理解できるというようなものではありませんから、様々な場面で繰り返し教える必要があります。その為どうしてもある程度の期間が必要になります。人にもよりますが、多分三年位はないと考え方みたいなものは中々伝わらないのではないでしょうか。

一時、部署の中で「教育係」と目されて、新人が配属される度に自分の配下に配置される事がありました。新人はまだ色が染まっていない分 教育がし易いので、その点はいいのですが、その分当然多く時間がかかります。ある時、そうやって時間をかけて育てて「そろそろ育ってきたな」と思った頃に その人間を異動させられた事がありました。そういう事が続いたので、流石に上司に「育てるそばから持って行かれてはやってられない!」と文句を言いました。

最後に


教育というのは農業に似ていると思います。
種を蒔いて直ぐ収穫するという事もあるでしょう。
逆に時間をかけて丁寧に育てて大きな実りを得るという事もあるでしょう。
勿論なるべく収穫の多いに越したことはありません。その為にはパワーがかかり過ぎては続けられないですし、立派に育てる為の技術も必要です。

企画や仕様を人に入力するとソフトウェアが出力されます。そういう意味では人は「ソフトウェア作成器」と考える事が出来ます。この作成器の性能を向上させる事は開発組織におけるその他のテーマと同等の重みづけであるべきではないでしょうか?
どうも現状は個人任せで あまり意識されていないような気がしてなりません。

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posted by 善 at 17:58 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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