2016年11月11日

メンタルヘルスについて


初めての方はこちらを「はじめに

ここのところニュースで電通の女性新入社員の過労自殺の件がしばしば取り上げられていましたので、今回はメンタルヘルスについて述べたいと思います。

IT業界の現状


話を始める前にこの業界の現状を示しておきたいと思います。
以下のサイトにおける
調査シリーズ No.100 職場におけるメンタルヘルス対策に関する調査|労働政策研究・研修機構(JILPT)
次の文書によると
調査シリーズNo.0100 本文 (PDF:8.6MB)
産業別のメンタルヘルスに問題がある人の割合は以下のようになっています。
「医療、福祉」についで「情報通信業」が二番目に高い割合です。
ところが以下のデータを見てください。こちらはメンタルヘルスに問題を抱えて実際に休職、退職している人の割合です。
「情報通信業」だけが飛び抜けて高い事が分かります。

データとしては少し古いようですが実感として頷けるところがあるのではないでしょうか。電通の件では100時間の時間外労働が話題になっていましたが、多分この業界では100時間程度は当たり前という人が大勢いるのではないかと思われます。

人間頼み?


データが示す様にこの業界におけるメンタルヘルスの問題は重要な位置を占めますが、今回記事を書こうと思ったのは電通の件に関してテレビで以下の様な専門家の意見を見かけたからです。
「周囲の目配せが大事」
発言した方は長時間労働について長年研究している専門家という事でしたが、自分自身はこの意見には賛成できないので記事を書こうと思ったのです。

自分自身の体験として一緒に仕事をしていた人間が休職した事が何回かありますがその兆候は全く分かりませんでした。プライベートでも付き合いがあったような人間の場合でも全く分かりませんでした。別の部署で自殺した人が居ましたが、やはり前日までは全く普段通りで変わった所は無かったという話でした。人の心の中を窺い知るという事は容易ではない事です。目配せをすれば防げるという気にはとてもなれません。

勿論目配せ自体は大事な事だとは思います。ただし、それが唯一の大事な事になってはいけないと考えています。何故ならそれは個人の能力に依存してしまうからです。「開発能力の構造」で述べた様に人の能力はばらつきがあり不安定であってうまく行く場合もあればうまく行かない場合もあります。そういう不安定なもの頼みではいけないはずです。勿論人間の能力によってのみ可能になる事は沢山あるので人間の能力が不要だという事ではありません。そうではなく人間の能力「のみ」に頼るべきではないという事です。我々は如何なる事柄に対しても常にシステムの構築を模索するべきです。そもそも人間に頼ろうとするその傾向こそが長時間労働の要因の一つとも言えます。

ストレスチェック


私が具体的に取り組んだ事は自分のグループ内で継続的にストレスチェックを実施する事でした。ストレスチェックというのは昨年末から厚生労働省によって従業員50人以上の企業については義務付けられたのでご存じの方も多いかもしれません。
ストレスチェック等の職場におけるメンタルヘルス対策・過重労働対策等|厚生労働省
簡単に言えば設問に答えてその結果でストレスの度合いを確認するというものです。厚生労働省のものは割と大掛かりで回答データを分析して組織全体のメンタルヘルス対策に対してフィードバックするところまで行うもののようです。しかし私が取り組んだのは十年以上も前の話でその頃はまだ今ほどメンタルヘルスに関しての情報も無く何かの本で見た設問表を基にチェックリストを作成しました。具体的には以下の様な30項目の簡易な設問で、今検索すると同様の内容のものが割と広く普及しているようです。
53N022_003.jpg
各設問にYES/NOで答えて、YESの数がストレスの度合いになるという事です。

運用


チェックリストを作る事は簡単でしたが頭を悩ませたのが運用をどうするかでした。
スパンに関しては毎月一回という事であまり悩みませんでした。短すぎず長すぎずという感じですし、何より月締めで行う経常業務が多いですから同じタイミングで「経常的な業務に着目する」で述べた様に計画してしまえばスムーズに実施できます。

チェックした結果の絶対値に何か意味があるのかどうかは分かりませんでした。YESが多ければストレスが多いのだろうという事は分かりますが、ではYESが何個ならば危険なのか?何個までなら大丈夫なのか?そういった絶対的な個数が設定できるのか?これはもう分からない事でした。しかし逆に相対的な値には意味があるはずだとも思いました。つまり今まで大体YESが10個前後だったのが急に20個とかに変化したならば何か問題が起きたとみなせるだろうという事です。従ってその様な変化を把握する為には毎月チェックした結果を記録し続ける事が重要だという事になります。

悩んだのはこの記録の扱いでした。
ストレスチェックの結果は極めてプライバシーの度合いが高い個人情報だと思われたので記録を迂闊に見る訳にはいきません。かと言って見なければ自己管理の範疇に留まってしまってこちらからは何も対策を打つ事ができません。勿論何もしない事に比べれば自分自身で客観的な値を把握する事は遥かに有意義な事だとは思います。しかしマネジメントという観点からすれば自己管理のみというのは随分と弱いものになってしまいます。
そこで次の様な運用形態を考えました。前提として各人の記録はグループの共有サーバーにそれぞれのファイルとして置かれます。このファイルに以下の様に各人の希望の運用に従ってパスワードを設定してもらう事にしました。
1.自己管理をする

 →パスワードを設定する
 =自分以外は誰も見れない

2.上司にも状態を把握して貰いたい

 →パスワードを設定して上司にもパスワードを伝える
 =自分と上司だけが見られる

3.誰に見てもらっても構わない

 →パスワードは設定しない
 =誰でも見れる

結果


始める前はどの様な効果があるかは分からず、ただ客観的な数値として計測するべきだという考えから始めただけでしてたが、実際に運用してみると色々と興味深い事が分かりました。いくつか挙げてみます。

全員公開だった

意外な事にパスワードの設定は誰も行わず全員が公開しました。これはチェックした結果に絶対的な意味は無いという事をかなり強調したせいなのか、それれとも当時はメンタルヘルスという事についてあまり関心が無かったのか、はたまたグループの風土なのか、理由は分かりません。いずれにせよマネジメント上は好都合な結果となりました。

意外に安定している

月毎に上がり下がりが結構あるのかと想像していましたがほとんどありませんでした。また個人毎にばらつきがあるのかと思いましたがこちらもあまりありませんでした。全体的に結構安定していると言えます。
しかしこれは全員が常にある程度のストレスを感じているという事かもしれません。確かに計画的に進められるようになってデスマーチの様な事にはならなくなりましたが、その代り極端に暇になる様な事も無く割と常に同じペースで仕事をしている様な状態でした。

心理的な変化が現れた

今述べた様に全体的に割と安定していたのですが大きく変化した事が二回ありました。
一つはメンバーの一人が新婚旅行に絡めて特別に一ヶ月休んだ時です。帰ってきた直後のチェックでは値が大きく減りました。
もう一つは逆にある月のチェックで値が大きく増えたメンバーが居ました。初めての事だったのでどうしたものかと思い、とりあえずどこかのタイミングで面談をしようと考えました。しかしその間もなく直後にこのメンバーは休職しました。

以上あくまで個人的な例という事にはなりますが思いの外メンタルヘルス対策として効果があるという実感を得ました。

最後に


自分がメンタルヘルスについて取り組まなければならないと初めて思ったのはデスマーチを経験してでした。その時に自分も含めメンバー全員が心身ともに極限まで疲弊して行く状態に直面して、「どこかで歯止めをかけるものが必要」だと思いました。
そして実際に取り組んだのは計画通りに進める為にはどうしたら良いのかを本格的に考え始めてからでした。それは計画的に進める為には人の能力が常に期待通り(計画通り)に発揮されないとならないからでした。その為には疲れが蓄積しないようにする必要がありました。この時、肉体的な疲労は本人も周りの人間も割と認識しやすいのですが、精神的な疲労は本人すら分からない可能性があるので何かしら把握する手段が必要だと思ったのです。そこで行き着いたのがストレスチェックだったという訳です。その時には先に述べた様に経常業務を計画的に推進する事も可能になっていたので運用する為の機が熟したという感じでした。

自分が取り組み始めた時は会社としての組織的な取り組みはありませんでした。周囲の人間と話していてもこれが仕事として取り組まなければならない大きな課題だと認識している人は居ませんでした。当時は正直言って何故皆真剣に考える気が無いのかが理解できませんでしたが、今考えるとおそらく以下の二つを誤解しているからではないかと思えます。
1.精神的な疲労度が外部から判断できる
2.自分の考え、思いというのは自分の意志と能力に従って出て来る
1は先程も少し述べた様に本人すら分からないかもしれないのに他人が見てるだけで分かるはずはありません。2は人間の思考というのは身体の状態や疲労などによって発想可能な領域自体が変化するという意味です。以下の概念図で説明します。
53N022_004.jpg
普段の状態では意思と能力に従った論理的であったり合理的である様な発想の領域が広がっていますが、病気になったり疲労が蓄積して行ったりすればその形は歪んで発想可能な領域自体が偏ったものになってしまうという事です。こうなるともはや通常の領域にある発想は領域外になってしまって出来ない訳です。

今回の電通の件についても「何も死ななくても良いのに」という意見が見受けられましたが、そういう認識こそが過労自殺を生み出す背景の一つなのです。疲労が極度に蓄積した状態では「何も死ななくても良い」という発想はもはや歪んだ領域の外の発想であって出来ないのです。そこを正しく理解しないと軽く考えてしまい本人任せになってしまって解決不能な状態に陥りかねないのです。

本人が解決できる問題ではないので必ずマネジメントが必要なのです。

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posted by 善 at 19:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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