2016年06月08日

進捗会議と実績報告


初めての方はこちらを「はじめに

自分自身は定例の進捗会議というものはある時期から必要が無くなったので全くやらなくなりましたが一般的には行われている事と思います。また無理に無くそうとするべきものでも無いとは思います。
進捗会議の目的はその名の通り進捗状況、つまり計画に対しての実績を確認するという事になります。

良くある光景


進捗会議で報告する人の多くが「何をやったか」を一所懸命説明したりする光景を良く見かけります。しかし本来これは必要ありません。計画に対する達成状況を確認したいだけなので端的に言えば「達成」か「未達」のどちらかを答えれば良いだけです。1ビットで済みます。ところが実際はそうは行きません。報告者がやった事やら何やら色々とまぜこぜにしながらストリームに吐き出してきます。それを報告を受ける側がひとしきり聞いて状況を判断するような形になります。

問題点と対策


この様な感じの進捗会議には色々と問題があります。
まず上の文を見て気づいた人が居るかもしれませんが、これだと報告者自身が「達成」したのかどうかを意識していない可能性があります。少なくとも明確には意識していないと思います。何故なら状況を判断しているのが聞き手側だからです。これでは話し手側の報告者自身は意識していないとしても問題はありません。「やった事を報告する場」だと思っているかもしれません。

この状況を改善するには少なくとも三つの事が必要だと思われます。
一つ目は報告の項目に「達成」「未達」を入れる事です。
単に「これからはその様に報告してください」と宣言するだけでは期待通りの発表を実現するのは意外に難しいです。仕事における会話の仕方は長い時間をかけて啓蒙してトレーニングを積まないと中々改善しません。なのでこの場では報告書のフォーマットを工夫するとか会議のルールを工夫するとか周辺側で何か工夫をしてスムーズに出来る様に導く必要があります。いずれにせよ報告者自身で「達成」「未達」を宣言する事が明確に意識する第一歩となります。

二つ目は会議の構成です。
進捗会議と言っても実際は課題の報告や相談、連絡等様々な情報を共有する場になっているのが普通だと思います。会議の構成としてそれらの事は進捗の報告とは分離して別のタイミングにする事で「達成」したか「未達」なのかにフォーカスしやすくなります。

三つ目が難しいのですが「未達」と発表し易い環境です。
以前「なぜ予定より早く終わる事がないのか」で述べた様に心理的には意識する、しないに関わらず良く見せたいという力が働くので「未達」という報告はしにくいものです。特に計画を達成する能力の低い組織は往々にして仕組み等では無く人間に頼るという傾向が強いので、達成できたか出来なかったかを個人に押し付けがちです。これでは当然「できませんでした」という報告は簡単にはできません。多分何とかして「うまく行っている様な雰囲気」の報告をしようとするでしょう。勿論個人に責任が無い訳ではないですが一個人に全ての責任があるという事はまず無いでしょう。まずは推進するリーダー自身が人間の問題では無く仕組みの問題なのだと意識を変える必要があります。その上で「どうしたら事実をありのままに報告してくれるのか」を考える必要があります。

何をもって終了なのか


実績の報告という観点で非常に重要な事があります。
報告の時に良く以下の様な形の報告を聞く事があります。
「○○は終わりました」
「あとは△△するだけです」
○○と△△は何でも良いです。例えば仕様書の作成ならば
「仕様書の作成は終わりました」
「あとは承認だけです」
とか
「あとは配布だけです」
などです。
要するにメインとなる作業は確かに終わっていて、あとは付随作業が少しあるという状況です。果たしてこれは終了したという事でいいのでしょうか?

別の例を考えてみましょう。
一週間かけて問題点を追いかけて対応をしていたとします。一週間後の報告としては
「原因は判明して対応は済みました」
「テストがまだ少し残っていますが後一時間くらいで終わります」
先程の例よりも少しルーズになった感じはしますがそれでもやはり現実的には似たような報告は良くあるのではないでしょうか。
続きを見てみましょう。
この報告を受けてリーダーは
「まぁいいだろう」
と判断して終了した事にしました。
ところが次の週の報告は以下の様なものでした。
「最後のテストで致命的な問題が見つかり、結局対応し直す必要が発生しました」
「今テストしている最中です...」
一週間経って又同じ状態に戻りました。
という訳で答えは
終了した事にしてはいけない
という事になります。

そもそも「~だけです」という程度の些細な事だとしたら何故そこまで含めて終わらせる事が出来なかったのでしょうか。本当に大した事がないならば終わらせる事ができるはずです。そしてそういう大した事が無いものの陰に上の例の様に大した事が隠れていたりします。それにもし終了とみなすとすると終了とは一体何をもって終了とするのでしょうか。どこまでが終了でどこまでが終了ではないのでしょうか?計画は達成できたのでしょうかできなかったのでしょうか?その境界は判断する人の匙加減になってしまうという事なのでしょうか。逆に言えばどうしてそこまでして終わった事にしなければならないのでしょうか。終わっていなければ終わっていないとしては何故駄目なのでしょうか。

計画通りに進めるという事は不透明な内容や不安定な要素を極力排除していかなければなりません。終わった事が実際は終わって無ければ次の工程に狂いを生じさせる事になります。そもそも計画がどんなに精緻に出来たとしても実績の判断が正しくなければ何の意味も無くなってしまいます。実際は全然予定通りに進んでいないのに書類上の実績だけは計画通りに進んでしまいます。そうして遅れが積もりに積もって初めて明らかになって大騒ぎになってしまいます。
終了の判断をシビアに行う事は非常に重要です。

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posted by 善 at 19:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 計画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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